アイヌ民族の歴史と現在について学ぶ 主催:共に生きる会
Event Reportアーカイブ2025年4月 — 中野秘密基地
アイヌ民族の歴史と現在について学ぶ
4月とは思えない初夏の陽気の午後。宇佐恵美さんがアイヌの民族衣装姿で、中野秘密基地に集まった方々に語ってくださった。
はじめに / Introduction
ご近所のおばあちゃんたちが主催する「共に生きる会」。毎月第二土曜日の午後に開かれるこの会が、今回は特別なゲストを迎えた。公益財団法人アイヌ民族文化財団アドバイザーで、ペウレ・ウタリの会 会長の宇佐恵美さんだ。
4月とは思えない初夏の陽気のなか、中野秘密基地にはいつもより多くの方が集まった。大学生から90歳のおばあちゃんまで、秘密基地に初めてお越しの方も多い。
「アイヌであることを30歳ぐらいまで知らなかった」——そんな宇佐さんの自己紹介から始まり、アイヌの歴史、現在の状況、文化などについてお話いただいた。
30歳まで知らなかった、自分のルーツ
宇佐恵美さんは千葉県生まれ、東京在住で現在子育て中。お母さんが北海道出身のアイヌで、幼い頃から母に連れられてアイヌ仲間たちの集まりに参加してきた。でも不思議なことに、「アイヌ」という言葉をお母さんから聞いたことはなかったという。
「北海道の自分の地域で生まれ育ったみんなが東京に来ていて、その仲間たちと会っている——そういうスタンスで、私は幼少時代はその場にいました。アイヌだとか、民族だとか、そういう説明は一度も受けたことがありません」
お母さんの世代は、アイヌであることを名乗れば差別の対象になるという時代を生きた。就職差別、結婚差別——隠して生きることが、家族を守る手段だった。
アイヌの世界観 / Ainu Worldview
カムイとアイヌ——この扇風機も、カムイです
アイヌの精神世界の中心にある「カムイ」という概念。神、とも訳されるが、その意味は日本語の「神様」よりずっと広い。
「そこにあるものすべてがカムイです。自然現象——風も雨も。生き物も食べ物も。そしてこの扇風機も、皆さんが使っているペンやカップも。私たちのために役に立ってくれているものは、すべてカムイという考え方です」
アイヌの世界にはアイヌの世界とカムイの世界がある。カムイたちは、カムイの世界では私たちと同じ姿をしているという。私たちの世界に来る時だけ、鮭になり、熊になり——その体はすべて「お土産」。命をいただいたあと、儀式をして魂をカムイの世界に送り返す。そしてまた来てもらえるよう、歌や踊りでおもてなしして、心を込めてお祈りする。
子どもが水をこぼしたとき、「この机がお水を飲みたかったんだね」——それがアイヌのお母さんの考え方。「私はついイラッとしちゃうんですけど……」と宇佐さんも苦笑い。カムイという世界観の豊かさに想いを持ちながら、現代での生活を両立させるのはなかなか大変だ。
衣食住と文化 / Daily Life & Culture
食べるもの、着るもの、暮らしの形
かつてのアイヌの主食は鮭。山菜や木の実、鹿や熊など、取れた時に取れたものをいただく。「土地を広げるという概念がない。それが農耕民族との大きな違いです」と宇佐さんは言う。
保存食の知恵も豊かだ。家の梁に鮭を干し、木の根の澱粉を取り出して保存する。ジャガイモを雪の中で凍らせ、溶かして、また凍らせるを繰り返すことで発酵させ、澱粉だけ取り出す——その手間と知恵に、「天才だと思います」と。
「今も居酒屋メニューで出てくる芋餅。あれ、もともとアイヌ料理なんですよ。じゃがいもをつぶして片栗粉でこねて、油で揚げる。ルイベ(凍らせた鮭のお刺身)も同じ。『ルイベ』のルイは『溶ける』という意味。凍らせたものじゃなくて、溶ける食べ物なんです」
この日着ていた民族衣装は「晴れ着」。結婚式の礼服のように、ちゃんとした場で着るものだ。「普段はもっと質素な着物です」とのこと。刺繍の文様にも意味があり、頭の帯巻き(マタンプシ)、耳飾り(ニンカリ)、足に巻くもの(シトキ)、一つひとつ丁寧に説明してくれた。
今を生きるアイヌ / Ainu Today
「アイヌはいない」と言う人が、今もいる
アイヌへの差別は過去の話ではない。「アイヌはいない」と今も言い続ける人がいる。SNSでのヘイト、就職差別、そして今も続く結婚差別——当事者のパートナー側は良くても、その親や祖父母が反対するというケースが今もあるという。
「アイヌを先住民族と明記した法律ができたのは2019年のことで、北海道旧土人保護法が廃止されたのも1997年、そんな法律が存在していた。つい最近の話なんです」*いわゆる「アイヌ新法」(正式には「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」)。政府資料では、この法律は2019年4月19日に成立し、同年5月24日に施行**されたとされています。条文では、アイヌの人々を「北方地域を中心とする我が国の先住民族」として位置づけている。**「北海道旧土人保護法」は、1997年制定の「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」**の附則で廃止されました。衆議院の法令情報でも、附則第二条に「次に掲げる法律は、廃止する」として旧法の廃止が示されています。
「不思議だなと思うことは、聞かれるのはいつもこちらなんです。あなたの気持ちを聞かせてください、どんな生活をしていましたか——。差別をしている側の皆さんが、もっと声を上げて話してほしいなと、今の私からすると思うところもあります」
首都圏に暮らすアイヌへの行政支援は、北海道に比べてほぼない。活動拠点のアイヌ文化交流センターはビルの一室で、火を使う儀式もアイヌ料理を作ることも思うようにできない。「こういう古民家があれば」と秘密基地の空間をみておっしゃっていた。
ムックリ体験 / Mukkuri Experience
竹一枚が、口のなかで鳴り始める
この日の盛り上がった時間が、口琴ムックリの体験だった。竹でできた薄い板に切れ目を入れただけのシンプルな楽器。世界各地の先住民族に似た楽器があるが、この竹製のムックリは特に繊細で、鳴らすにはちょっとしたコツがいる。
左手の小指に紐をかけ、親指をほっぺたにぎゅっと押し当て、軽く唇で挟む。右手の紐をノックするように引いて、すぐ緩める——その一瞬に竹の弁が揺れて、口の空洞が共鳴する。「もともとは一人でひっそり弾くものだったそうです。風の音や、雨だれの音、動物の声を真似たり。遠く離れた愛する人に向けて鳴らしていた、という話もあります」
参加者それぞれが手に取り、悪戦苦闘しながらもかすかな音が出るたびに、場がほっこりとほぐれた。「大人になると、できるようにしようって頑張りすぎちゃうんですよね。力を抜いて鳴らすのが大事。子どもがいると、子どもが上手にできるように手を貸すことに集中しちゃったりもする。大人が楽しんでこそ、子どもも楽しいって思ってます」
おわりに / Closing
「アイヌ」は「人間」という意味なんです
「アイヌってどういう意味ですか、もしかしたら人間では?と思ったのですが。」という参加者の質問に、「人間、です」と宇佐さん。ロマ(ヨーロッパの遊牧民族)も「人間」という意味、世界各地の先住民族の名前もたいてい「人間」を意味する。「なので自分たちのことをアイヌというのは少し違和感はありますし、アイヌと呼ぶことができるのはもっと年配の尊敬される存在になった人でもあります。また、アイヌが差別用語となってしまったことにもさみしさも感じています」
「アイヌ語が忘れられていったのも、名前がつけられなかったのも、アイヌであることを隠さなければならなかったのも——全部、日本の同化政策の結果なんです。上下で物を考えると差別が生まれる。サイドで、違う存在として見てもらえれば、受け入れられるはずなのに。日本人は日本人で素晴らしい。ただ、強さをアピールするために下を作らないでほしいと思います」。
「ゴールデンカムイの影響はどう感じますか?」という質問には、
「最初は正直、なんだこれって思いました。でも監修にアイヌ関係者がきちんと入っていると知って、少し安心しました。実際に読んでみると、嫌な描写はほぼなかった。あれをきっかけに興味を持ってくれる人が増えたのは、素直にうれしいです。そこから本物のアイヌのことをもっと知ってもらえれば」。
「ニセコとか登別とか、北海道の地名はアイヌ語由来と聞いたのですが」とという質問には、
「8〜9割はそうです、アイヌ語の地名は基本的にその土地の特徴を表していて、登別は『ニプッペ』というアイヌ語で、温泉の効能が濃いという意味です。読めない漢字の地名は、ほぼアイヌ語に日本人が当て字したものです。ちなみに「札幌」も、「乾いた大きな川」という意味のアイヌ語から来ています」
会場からの質問もたくさん出て、とても良い時間となりました。
宇佐恵美さん、共に生きる会のみなさん、集まってくださった参加者のみなさん、ありがとうございました。「生の声で聞く」ことを大切だということを、あらためて思い出すイベントでした。
この日に出てきた言葉たち / Ainu Words from the Evening
- カムイ(Kamuy)——神・精霊。自然、食べ物、道具など役に立つものすべてがカムイ
- イオマンテ(Iyomante)——熊の霊送りの儀式。カムイを世界に送り返す大切な祈り
- チェップカムイ(Chep Kamuy)——魚(特に鮭)のカムイ。主食であり最も身近な神
- キムンカムイ(Kimun Kamuy)——山の神・熊のカムイ
- おはう(Ohaw)——アイヌの汁物。取れたものを入れ、塩で味付けするだけのシンプルな料理
- ムックリ(Mukkuri)——竹製の口琴。アイヌ古来の楽器で、この夜は参加者が体験した
- アイヌ(Ainu)——「人間」という意味。民族名ではなく、本来は「ひと」を指す言葉
関連リンク & 情報 / Resources
公益財団法人アイヌ民族文化財団 — 宇佐恵美さんがアドバイザーを務める
アイヌ文化交流センター(東京・御徒町〜浅草エリア)— 火〜土 10:00–18:00
ウポポイ(民族共生象徴空間)— 北海道白老郡白老町。国立のアイヌ博物館
中野秘密基地イベントは → 中野秘密基地 公式サイト
English Summary
Learning About Ainu History and the Present Day A community event at Nakano Himitsukichi, hosted by "Tomo ni Ikiru Kai" (Living Together Association)
Guest speaker Emi Usa — an advisor at the Foundation for Ainu Culture and chairperson of the Pewre Utari Association — joined a neighborhood gathering at Nakano Himitsukichi to share her experiences as an Ainu person living in Tokyo today.
Emi grew up attending Ainu community gatherings with her mother, yet the word "Ainu" was never spoken in her home — her mother's generation had learned to conceal their identity to avoid discrimination in employment and marriage. Emi herself didn't know her own heritage until she was around 30.
She spoke about the Ainu worldview centered on kamuy — a concept far broader than the Japanese word for "god," encompassing nature, food, animals, and even everyday objects like fans and pens. She described traditional foods like ohaw (a simple soup) and the origins of dishes now found in izakayas, such as potato mochi and ruibe (frozen salmon sashimi), which come from Ainu cuisine.
On the present day: discrimination has not disappeared. The law recognizing Ainu as an indigenous people was only passed in 2019, and hate speech, employment discrimination, and opposition to intermarriage still occur. Support for Ainu living in the Tokyo metropolitan area remains severely limited compared to Hokkaido.
The evening ended with a mukkuri (Ainu jaw harp) experience — participants of all ages tried their hand at the delicate bamboo instrument, filling the old farmhouse space with laughter and quiet concentration.

