共に生きる会 日本で生活する「非正規滞在者」支援の現場から ゲスト:吉田真由美さん(APFS 代表)
ゲスト:吉田真由美さん(APFS 代表)|主催:共に生きる会|中野秘密基地にて
梅雨明けの夏空がまぶしい土曜日の午後。外国人支援を続ける特定非営利活動法人ASIAN PEOPLE’S FRIENDSHIP SOCIETYNPO(略称APFS)(板橋区)の代表・吉田真由美さんをお迎えして、日本で暮らす「非正規滞在者」のお話を伺った。
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はじめに / Introduction
ご近所のおばあちゃんたちが主催する「共に生きる会」。毎月第二土曜日の午後に開かれている。
「非正規滞在者」——聞き慣れない言葉かもしれない。メディアでは「不法滞在者」と呼ばれ、犯罪者のようなイメージで語られることが多い。でも国連や支援団体は「非正規滞在者」と呼ぶ。ビザを持たずに日本で暮らす人たち。その中には、日本で生まれ育ち日本語しか話せない子どもたちや、日本人と結婚した人、母国に帰れば危険がある難民申請者もいる。
APFSのあゆみ / About APFS
APFSの設立は1987年。バブル期の日本で、若者が敬遠するきつい仕事を担っていたのは、出稼ぎで来日し、そのままビザが切れた外国人たちだった。警察も「見て見ぬふり」。日本の経済は彼らに支えられていた。それなのに、賃金未払いや不当解雇など、権利はほとんど守られていなかった。APFSはそんな外国人労働者の権利を守る活動から始まった。
やがて彼らは日本で家族を持つ。日本生まれ・日本育ちの子どもたちは、日本語しかできない。もし親と一緒に「帰国」しても、向こうの学校にはついていけない。子どもたちの将来を思う親たちはAPFSとともに「一斉出頭」という決断をする。
呼びかけ、行動を計画したのはAPFSの設立者。ビザのない十数家族が、設立者や弁護士とともに、そろって入管へ出頭した。それまで彼らは、摘発を恐れて職場と家の間だけを行き来する生活だった。収容され、送還されるかもしれない。それでも「ビザはないけれど、お願いします」と、自分から入管の扉を叩いたのだ。
結果、ビザを得た家族もあれば、帰国した家族もあった。それでもこの行動が、「出頭してビザを求める」という道を切り拓いた。今は一家族ずつの「個別出頭」に、APFSのスタッフが同行し、書類作成を手伝い、身元保証人にもなりながら寄り添う支援が続いている。
誰を支援しているのか
「犯罪者を支援するのか」という電話がかかってくることもあるそうだ。でもAPFSが支援しているのは、日本にいなければならない事情のある人たちだ。
- 日本に生活基盤があり、日本で生まれ育った子どものいる家族
- 日本人や永住者と結婚している人
- 難民申請者(申請が却下されると、ビザを更新できなくなってしまう)
モットーは設立当時から「相互扶助」。一方的に「支援してあげる」のではなく、一緒に考え、一緒に解決していく。
「私たちにできるのは、選択肢を示すことまで。決めるのは本人です。共に考える、という姿勢を大事にしています」(吉田さん)
仮放免という暮らし / Living in Limbo
ビザのないまま入管の審査を待つ人の多くは「仮放免」という状態に置かれる。収容される代わりに、「仮」に「放免」されている、という立場だ。
- 住民登録ができず、健康保険に入れない(医療費は全額自己負担)
- 働くことは一切許可されない
- 許可なく県外へ出ることもできない
働けないのに、子どもは学校に行かせなければならない。いつビザが出るのか、出ないのか。先の見えない生活で、心を病んでしまう人も多いという。
APFSは、無料の医療相談会(内科医・精神科医と連携)、修学旅行費などの教育支援、お米や野菜の食料支援なども行っている。子どもに食べさせるため、親が食事の回数を減らすこともあるそうだ。
日本で生まれ育った子どもたち / Children Born in Japan
実例も紹介された(プライバシーに配慮し、詳細は控えます)。
非正規滞在の両親のもと、日本で生まれたある青年。小学生のとき自宅に摘発が入り、父親が収容された。専門学校を卒業する頃、入管が示したのは「子どもにビザを出す代わりに、親は帰国する」という提案。息子の将来のために、両親は帰国を選んだ。
彼は20歳そこそこで、小学4年生の弟を育てながら働いた。今は20代後半。結婚し、弟も安定したビザを得て暮らしている。それでも「自分の決断のせいで、弟は一番親に会いたい時期に、親と離れ離れになった」——そんな重いものを、今も背負っているという。
APFS制作のYouTube動画も上映された。生まれてから21年間を非正規滞在者として生きた青年の証言だ。保険証がないから、怪我をしたら全額自己負担。サッカーの専門学校でプロからオファーを受けても、働けないからすべて断った。「学校からの帰り道、これからどうなるんだろうと、毎日不安でした」。彼の言葉が静かな会場に響いた。
送還の現場で失われた命 / A Life Lost in Deportation
吉田さんが「本当に悔しい事件でした」と語ったケースがある。APFSが支援していたガーナ国籍の男性。日本人女性と結婚していたのに収容され、2010年3月、強制送還のため乗せられた飛行機の中で亡くなった。入管職員6名がかりで結束バンドなどを使って拘束されていたという。裁判では地裁で一部勝訴したが、高裁・最高裁で敗訴に終わった。
収容中に彼が妻に宛てた手紙には、こう書かれていた。「いつも心配かけてごめんね」「命が一番大事だからね、気をつけてね」。それを書いた本人が、命を落とした。
「こういう人権侵害が、この日本で起きていることを知ってほしいんです」と吉田さんは話す。
会場からは「結婚しているのに配偶者ビザは申請できないのですか?」という質問。非正規滞在の方は、変更のもとになる在留資格がないため、通常の配偶者ビザの申請はできません。入管に出頭して、法務大臣の裁量である『在留特別許可』をお願いするしかない。でも婚姻の成立は民法上の問題で、在留資格の有無とは切り離されていて、結婚自体は法律上できてしまうそうです。
最近の動向 / Recent Developments
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後半は、ここ数年の政策の動きについて。
- 2024年6月 改定入管法施行。3回目以降の難民申請者は、申請中でも送還が可能に
- 2025年5月 入管「不法滞在者ゼロプラン」始動。強制送還が増加
- 2025年〜 「日本人ファースト」を掲げる政党が躍進。排外主義的な政策が強まる
- 2026年5月 改定入管法成立。在留更新手数料が大幅値上げ(10月から)。減額されるのはごく一部の人だけ
- 2026年6月 「新ゼロプラン」。サイバーパトロールの導入など、取り締まりをさらに強化
「ついこの間まで、政府の文書には『多文化共生』という言葉がありました。今はどこにもありません。あるのは『管理』と『適正化』だけ。どうしてこうなってしまったのか、と思います」
送還のやり方も変わった。朝、入管に行ったらそのまま収容され、翌日には送還——家族にも支援者にも連絡なしに。APFSが20年以上支援してきたバングラデシュ出身の家族も、今年1月、お父さんだけが突然送還された。残された小学生の息子さんは、ご飯も食べられずに泣いてばかりで、精神科に通うことになったという。
「彼は犯罪をしたわけではありません。ビザが切れていた、それだけです。ここまでやる必要があるのでしょうか」
会場での対話 / Dialogue
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「日本人と結婚していれば、日本にいられると思っていた」という驚きの声。「家族のうちお父さんだけ送還して引き裂くなんて」という問い。参加者のお一人からは、「外国人への態度は、結局、この国の私たち自身への態度なんですね」という言葉に、みんなが深くうなずいた。
希望の話もあった。国の政策が厳しくなる一方で、自治体には多文化共生を続けようという動きがある。中野区でも今年度、多文化共生推進のネットワークが立ち上がった。地方自治体には地域によってまだ希望がある、自分たちにできることを小さくてもいいからやっていきましょう、と。
おわりに / Closing
「SNSでは排外主義の声が大きく聞こえますが、反対の意見を持つ人もたくさんいます。今日聞いた話を、ぜひ周りの方に伝えてください。知ってもらうことが第一歩です」(吉田さん)
APFSは国や自治体の助成を受けておらず、活動は会費と寄付で支えられている。ご寄付・会員入会も、ぜひご検討を。
吉田真由美さん、共に生きる会のみなさん、参加してくださったみなさん、ありがとうございました。「知らないから怖い」を「知っているから共に生きられる」に。そんな一歩を積み重ねる場所に、秘密基地がなれたらと思います。
この日に出てきた言葉たち / Key Words
- 非正規滞在者——ビザを持たずに滞在している人。「不法滞在者」という言葉は犯罪者のイメージを与えるため、国連や支援団体はこの呼び方を使う
- 仮放免——収容の代わりに「仮」に「放免」されている状態。働けず、健康保険もなく、移動も制限される
- 難民申請者——母国での迫害から逃れ、日本に保護を求めている人。日本の難民認定はとても厳しい
- 在留特別許可——特別な事情のある人に、例外的に在留を認める制度
- 出頭——ビザのない人が自ら入管に出向き、在留を求めること。APFSは同行や身元保証で支える
関連リンク / Resources
- APFS(Asian People's Friendship Society)——1987年設立。板橋区を拠点に外国人住民を支援。寄付・会員募集中
English Summary
Supporting "Irregular Migrants" Living in Japan
A community event at Nakano Himitsukichi, hosted by "Tomo ni Ikiru Kai" (Living Together Association)
Mayumi Yoshida, director of APFS (an NPO founded in 1987 in Itabashi, Tokyo), spoke about irregular migrants in Japan — people living without visas, including children born and raised in Japan, spouses of Japanese nationals, and asylum seekers who cannot return home. While Japanese media calls them "illegal aliens," the UN and support groups use the term "irregular migrants."
Yoshida described life under provisional release (karihomen): no health insurance, no work permit, no freedom of movement. She shared anonymized cases — a young man who raised his little brother alone after their parents had to leave Japan, and a Ghanaian man who died during forcible deportation in 2010.
Japan's immigration policy has hardened rapidly since 2024, with increased deportations and sharply raised visa fees, while the phrase "multicultural coexistence" has disappeared from government documents. Yet hope remains at the local level: Nakano Ward launched a multicultural coexistence network this year.
"The loud xenophobic voices online are a minority," Yoshida concluded. "Knowing is the first step toward living together."

